日本風カクテル、と聞くとどういったカクテルを思い浮かべるだろうか?
緑茶を使ったカクテル、柚子で風味をつけたカクテル、日本酒をブレンドしたカクテル。
日本の食材を使ったカクテルは「日本風」と呼べるかもしれない。だが、今回はこれらの日本風カクテルを、皮肉を込めて「一見日本風カクテル」と呼ぶことにする。一見日本風カクテルは、日本好きの外国人でも作れるだろう。
今回目指すのは、日本人にしか作れないカクテル。日本人感性をベースにしたカクテルで、一見風とは一線を画す。世界と比べて違う日本独自のもの、それは日本人感覚、考え方、思想、哲学(ここではこれらの概念を代表して「感性」と表現する)。国や地域でバリエーションがあるのが感性だ。
日本人は素材を活かす。木目を生かした木工家具を好み、おかずがなくてもご飯を美味しく味わう。こういった、素材を楽しむ感性に訴えかけるようなカクテルを提案する。
+ 水にこだわった炭酸を自作。
+ リキュールは風味を整える程度。
+ 薬味の発想を取り入れる(勉強中)。
新しい研究テーマが立ち上がった。
2008年9月7日
自分製ジンジャーエール
東急ハンズで瓶に栓をする道具が売っていた。
手作りビールのコーナーに売っていたのだが、面白い使い方を思いついた。
空瓶を用意し炭酸ベースのでカクテルを作製、そして栓をしたものを大量に用意する。そして瓶の周りに作製したオリジナルラベルを貼付ける。別にアルコールである必要は無いんだ。自作のジンジャー エールでも良いだろう。
これなら、簡単にオリジナルドリンクを作製できる!
一日くらいであれば、炭酸も保つことが出来るだろし、安く済ませられる上に非常に面白いモノが出来るんじゃないかな?
初期投資はおよそ四千円。これならば、やってみてもいいかもしれない。ドリンクをいづれ商品化するとしたら少々の申請が必要だが、個人で楽しむには十分くらいの道具だと思う。
手作りビールのコーナーに売っていたのだが、面白い使い方を思いついた。
空瓶を用意し炭酸ベースのでカクテルを作製、そして栓をしたものを大量に用意する。そして瓶の周りに作製したオリジナルラベルを貼付ける。別にアルコールである必要は無いんだ。自作のジンジャー エールでも良いだろう。
これなら、簡単にオリジナルドリンクを作製できる!
一日くらいであれば、炭酸も保つことが出来るだろし、安く済ませられる上に非常に面白いモノが出来るんじゃないかな?
初期投資はおよそ四千円。これならば、やってみてもいいかもしれない。ドリンクをいづれ商品化するとしたら少々の申請が必要だが、個人で楽しむには十分くらいの道具だと思う。
2008年8月16日
ノン・バイオ生命観
「カオスから秩序が生まれる。それがアミノ酸ベースの場合、生命という。」
押井守監督のスカイクロラが人気だ。その押井監督の出世作"Goast in the Shell"に登場する"人形遣い"は、自らを「情報の海から生まれた生命体」と称している。
なるほど生命の発生だって、アミノ酸リッチな海から偶然発生したのだ。情報の海からだって生命に相当するシステムが発生しても何ら不思議は無い。
似たような出来事は現在の社会で起こっている。
動画投稿サイトから生まれた、"初音ミク"である。初音ミクはボーカロイドと呼ばれる音声合成ソフトのキャラクターだ。作曲した曲を、彼女が歌ってくれる、という設定になっている。発売当時はただのキャラクターで、動きもせず人格も無い。ただの二次元の一枚画だった。
ところが、だ。
動画投稿サイトに彼女の歌が投稿されはじめ、アニメーションまで投稿されはじめる。最初は"なんでもあり"感が強かったが、次第に一定の特徴を持ち始め、いまや初音ミクは今や人格を持った存在になった。本人は勿論実在しない。が、実在する以上に人としての存在感を持っている。
情報の海から生命は生まれ得る。その生命は実存しないだけで存在するのだ。
実存は意味をなさない。地球には六十億人の人間がいるそうだが、その内一体何人に会ったのだろう?実存する六十億人全てより、実存しないが存在する人を強く感じたことはないだろうか?例えば、現在存在しない織田信長のことを、現在存在するウガンダ在住のンカタタ・エモ(36)よりよく知っていることは無いか?
生命は、アミノ酸カオスが引き起こした奇跡である。情報化社会のカオスからも生命のようなシステムが生じることは不思議ではない。そのベースになるのは、単純命令。その組み合わせの妙が、複雑で強靭なシステムをつくる元になるだろう。
押井守監督のスカイクロラが人気だ。その押井監督の出世作"Goast in the Shell"に登場する"人形遣い"は、自らを「情報の海から生まれた生命体」と称している。
なるほど生命の発生だって、アミノ酸リッチな海から偶然発生したのだ。情報の海からだって生命に相当するシステムが発生しても何ら不思議は無い。
似たような出来事は現在の社会で起こっている。
動画投稿サイトから生まれた、"初音ミク"である。初音ミクはボーカロイドと呼ばれる音声合成ソフトのキャラクターだ。作曲した曲を、彼女が歌ってくれる、という設定になっている。発売当時はただのキャラクターで、動きもせず人格も無い。ただの二次元の一枚画だった。
ところが、だ。
動画投稿サイトに彼女の歌が投稿されはじめ、アニメーションまで投稿されはじめる。最初は"なんでもあり"感が強かったが、次第に一定の特徴を持ち始め、いまや初音ミクは今や人格を持った存在になった。本人は勿論実在しない。が、実在する以上に人としての存在感を持っている。
情報の海から生命は生まれ得る。その生命は実存しないだけで存在するのだ。
実存は意味をなさない。地球には六十億人の人間がいるそうだが、その内一体何人に会ったのだろう?実存する六十億人全てより、実存しないが存在する人を強く感じたことはないだろうか?例えば、現在存在しない織田信長のことを、現在存在するウガンダ在住のンカタタ・エモ(36)よりよく知っていることは無いか?
生命は、アミノ酸カオスが引き起こした奇跡である。情報化社会のカオスからも生命のようなシステムが生じることは不思議ではない。そのベースになるのは、単純命令。その組み合わせの妙が、複雑で強靭なシステムをつくる元になるだろう。

