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2008年11月19日

今日の夢

おかしな夢を見た。

一人でカンボジアに旅行中。晴れた青い空の下、トラックの荷台に地元の子供達と乗っていた。トラックは真っ直ぐにのびた赤土の道を、急ぐこともなく、走っている。僕は荷台の上から目に映るものの写真を撮りまくる。時折通過するコケの生えた石のアーチ。アンコールの遺跡だろうか?子供達の笑顔。無垢にはにかむ素敵な笑顔。そして、青い青い空。心が浄化されてゆく。なんて素敵な世界なんだろう。


と、ここで突然トラブル発生。
観光客の韓国人と話をするが、何故か言葉が出てこない。英語がしゃべれなくなっている。さらに、アンコールワットの入場券を買ってる間に、お土産に買っておいたエルメスの財布を盗まれた。急に滅茶苦茶な展開になってきた。

こんな現実は嫌だ。これは夢なのだから、早く現実に戻ろう。そう思い、意識的に夢から覚めた。

そんなおかしな夢をみた。



2008年10月16日

惨めランキング

企業ブースが数多く出展している展示会場、一番惨めなのは誰だろうか?

  1. おっさんにじろじろ見られ、無駄にからまれるコンパニオン
    (美人は世の中にいるものだ)
  2. コンパニオンに鬱陶しがられているおじさん
    (本人は気がついてないから幸せかも)
  3. 綺麗なお姉さんと客引きを勝負しなければならない、小さなブースの
    女性スタッフ
    (客引き専門じゃないんだけど、比べられると酷だよね)
  4. 趣向が違うのにのに上司の一任で行かされるサラリーマン
    (こんな展示会行っても新しいネタ落ちてるわけが無い…)

2008年7月6日

ベンサムとデザート

"the greatest happiness for the greatest number (最大多数の最大幸福)"。



イギリスの功利主義哲学者、ベンサムの言葉で、社会の幸福とは個人の幸福の総計だ、という考え方である。社会の平和は「環境保護」「戦争反対」だけで達成されるとは限らない。個人的に考えている事を例を挙げて書いてみる。

「バニラアイスのマンゴーソースかけ」

マンゴーアイスのデザートの役割は、

i) マンゴーのエキゾチックな香りとともに酸味を楽しませる
ii) 濃厚なバニラアイスからリッチ感をもたらす
iii) マンゴーとバニラという組み合わせの妙を楽しませる
iv) 一通りの食事を奇麗にしめる

それが楽しめれば十分だ。

だから、デザートをみんなにあげる。少しずつでも、みんながその快楽を楽しめるのであれば、お安い御用だ。量を食べる事が常に満足につながるとは限らない。素材と組み合わせを楽しむ、それが幸せであるのなら、幸せは分け与え共有する事が出来る。


おまけ

ベンサムは生まれ変わった。三遊亭小遊三である、笑点の水色の人である(笑)

2008年6月8日

技術と論文と特許

特許とは単品では空虚な存在だと思う。

研究者からしてみれば「特許なんて」という程度のものでしかない。論文に比べれば、そこには技術的中身が無いからだ。そう、単品では意味をなさない。では昨今、なぜ特許特許と騒がれている?

技術的な真実は必ずしも社会の真実ではない。技術の真実を社会の真実の形に落とし込めたものが特許なのかな、と感じる。技術の社会的な記録。「特許なんて」いづれ陳腐化するものだが、社会もそれに同じ。人間社会は永遠ではない。

…なんだか少し疲れ気味。考えもまとまらないや^^;

2008年5月20日

マヤ人に負けるな

録画していたTBSの世界遺産、マヤ文明のチェチェン•イツァー特集の放送を観た。春分の日に、精密に計算されたピラミッドの陰により大蛇の形が現れ、種まきの季節を告げるという、そんな仕掛けを仕込める能力を持つ文明である。

彼らは、正確に東西南北を計測し、そこから21°ずらした角度でピラミッドを建設し、そういった現象を創り出したのだ。

さぁ、ここで疑問が浮かぶ。

もし自分が何も知らない状態で古代に投げ出され、果たして東西南北を正確に知ることが出来るのだろうか?ここは負けてられない。何も道具を使えない事を前提として、正確な東西南北を測る方法を考えてみよう。

正確な東西南北を測り春分の日の角度に調整したのではなく、先に春分の日ありきで正確な東西南北を定めたのだろう。できるだけ水平な地面に垂直に棒をたて、日出と日没時に陰の方向を記録する。両陰のなす角度の半角が真南(北半球なら)となる。マヤ人にとっては、それが北という名前である必要はない。何かの中心の方角なのだ。
その方角を基準に正方形を描けば、それはピラミッドの図面になる。

曇りの日もあるが、二週間ほど計測を続ければ十分分かるだろう。この日出&日没の陰方角計測を一年間続けると、日の長い日、短い日、その中間で昼と夜の長さが同じ日(角度が180°)があること、その日時を知るだろう。そしたらその周期を知り、それが何日で廻ってくるのかはただ数えるだけ。これが現代の"一年間"に相当する。
後はピラミッドを建てた上で、春分の日の陰に細工を加えようと考えれば思いつく事だろう。
マヤ人には負けずに済んだ。やったね!突然過去に放り出されても大丈夫!!
考えてみて思ったこと。言葉による、存在するようで存在しない定義が発想を妨げている。「北」「春分の日」「21°」。これらはピラミッド建設に意味を持たない。

科学は言葉では定義しきれない、モノや現象に対する絶対的真実を持っているのだ。